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第49話 簒奪

Auteur: 青砥尭杜
last update Date de publication: 2025-03-17 22:36:01

 カイトが「火種」と感じたシーマの「想像力」は、カイトの予感を嘲笑うかのように苛烈な疾さで「引火」した。

 地球と酷似する地形をもつ異世界テルスにあって十九世紀のイタリア王国とほぼ合致する国土を擁するビタリ王国。

 魔道士の聖地であり、魔道士を制約する法規を司る総本山でもあるウァティカヌス聖皇国をその国土に内包するビタリ王国の王都ロームルス。

 三千年の歴史を刻む世界的にも稀有な古都であるロームルスで最初の火は点った。

 聖暦一八八九年が幕を下ろして次の年へとバトンを繋ごうとする十二月三十一日。

 未だ夜明け前の暗がりの中にあって霧雨に濡れる王宮の表門に、一輛の馬車が乗り付けた。

 馬車から降りた三人の姿に、表門に駐在する四人の門番たちの背筋が一斉にピンと張る。

 三人はビタリ王国の筆頭魔道士団であるトリアイナ魔道士団の軍服を身に纏っていた。

 深紅の地に銀糸の刺繍が施された軍服と同色のマント。マントにはトリアイナ魔道士団のシンボルである三叉槍のエンブレムが刺繍されており、その下に標されたナンバーは『Ⅰ』と『Ⅴ』と『Ⅵ』。

 第五席次と第六席次を背負う魔道士は共に女性で、『Ⅰ』を背負った首席魔道士のウアイラにぴったりと寄り添うように立っている。

 四人の門番のうちの一人が、恐縮を仕草に滲ませながらウアイラへと駆け寄った。

「ウアイラ卿。大晦日の、それもこのような時間に、どうなされたのですか?」

「陛下に用があってな」

「陛下に!? そのような予定は聞いておりませんが……」

「急を要する。通してくれ」

「たとえウアイラ卿といえども、それはさすがにできません」

 素直に困惑を顔に出しながらも役目を守ろうとする門番に対し、ウアイラは迷う様子もなく返答した。

「そうか。では、致し方ない」

 ウアイラが右手を門番にかざし「アルデンド」と短く詠唱する。

 次の瞬間には門番が発火していた。

 断末魔の叫びをあげることさえ叶わずに門番が燃え上がる。

 予期しようのない突然の事態を前にして、呆気にとられることしかできない他の門番たちへ右の手のひらを向けたウアイラが、三度「アルデンド」と早口に連続して詠唱を済ませる。

 瞬時に燃え上がり四つの炎の塊となった門番たちには目もくれず、ウアイラは第五席次の女性へ声をかけた。

「ジュリエッタ。ここは任せた」

「はーい。いってらっしゃい」

 眼前の惨事をまったく気にする様子のないジュリエッタは、少女の面影さえ残す明るい笑顔を浮かべて応じた。

 ウアイラと第六席次の女性が表門をくぐる。

「ステルヴィオ。王宮はなるべく無傷で残したいから、衛兵は任せる」

「はい。お任せを」

 ステルヴィオは物静かな印象を崩すことなく、落ち着いた声で短く応えた。

 表門の異変に気付いて駆け付けようとする正面の玄関に配置されていた衛兵の二人に向かって、ステルヴィオが両手をかざす。

「ラーミナ・ウェンティー」

 ステルヴィオが静かに詠唱を済ませると、ステルヴィオの両手から風の刃が凄まじい速度で発射された。

 二本の風の刃が衛兵の胴体を背骨の存在など無視するように呆気なく両断する。

 上半身と下半身に分かたれた、寸前まで衛兵であった四つの肉塊が地面に転がる。

 ウアイラとステルヴィオは一直線に国王の寝室へと向かった。

 王宮内で異変に気付いた衛兵たちは全てステルヴィオが放つ風の刃によって肉塊と化した。その数は十四人に及んだがウアイラの紅い瞳に何らの変化ももたらすものではなかった。

 何の障害もなく、招かれた客のように目的の場所へと到着したウアイラとステルヴィオが国王の寝室に踏み込む。

 初老の国王は突然の来訪者の顔を見て呆然とした。

「ウアイラ卿……どうしたというのだ……いったい……」

「謀反ですよ、陛下。いや、革命といったほうが近いのかもしれません」

 ウアイラの短い言葉で事態を把握した国王の表情が真顔に変わる。

「……余は、暗君であったか」

「いえ、陛下は取り立てて愚かでも無能でもなかった」

「では、なぜ……?」

「この時代に王であった、これはもう御自身の不運を呪うしかないかと」

「そうか……」

 すんなりと諦観してみせた国王にウアイラが歩み寄る。

「自害なさるがいいでしょう。刃物に触れてこなかった陛下では自刃は難しいでしょうし、これで」

 ウアイラが小さな薬瓶を懐から取り出して国王に手渡す。

「妻や子は……」

 目に懇願の色を浮かべた国王に対して、ウアイラはすぐさま答えを返した。

「辱めるようなことはしませんし、させません。それは約束しましょう。裏切り者の約束に、どれほどの価値があるかは分かりませんがね」

「今は信じるしかあるまい……卿が王となるのか」

「ええ、そうなります」

「卿にとって、この国は護るに値するのか」

「祖国への愛着は持っているつもりですよ」

「この国は孤立に耐えられるほど強くはないぞ」

「その手筈は済んでます」

 最期の問いに対し軽い口調で答え続けるウアイラを前にした国王は、短く息を吐いてから遺言を口にした。

「国家に真の友人はいない。世界で最大の国土を擁するに至った大帝国の皇帝でありながら、シーマが未だ世界から「魔王」などという蔑称で呼ばれる理由は、卿も理解しているはずだ。必ずこのビタリ王国は滅ぶだろう」

 分裂の状態にあったビタリを統一した偉大な父の跡を継ぎ、平凡とも称された国王が最期に伝えようとした言葉もウアイラにとって意味のあるものではなかった。

「ご高説、感謝しましょう。だが、陛下が気になさることでは、すでにない」

「そうだな……では、余は亡霊となって、卿を亡ぼすものを呼び寄せるとしよう」

 最期の呪詛を残し、国王が薬瓶に入った液体を一気に呷る。

 かっと目を見開いた国王は仰向けに倒れると短く悶絶し、そのまま絶命した。

 国王の最期を見届けたステルヴィオが感想を漏らす。

「なかなかどうして、潔い最期ではないですか。もっと取り乱すものかと思いましたが」

 ウアイラは国王の亡き骸を見下ろしながら、小さな首肯を返した。

「ああ……成果は上げなくても失敗はしなかった王らしい死に方かもな。俺が首席魔道士になることを認めちまったのが、唯一の失敗だったってことになるんだろうさ。さて、王族を根絶やしにするぞ」

 軽い口調で言い切ったウアイラに対し、ステルヴィオがすぐさま答える。

「はい。第一王子と第二王子はゾンダ卿とイオタ卿が、それぞれもう済ませている頃かと。第一王女はアウレリアが……王宮に残るのは王妃と第二夫人、第三王子と第二王女、そして、第四王女です。第四王女はまだ幼いですが、よろしいのですね?」

「ああ、根絶やしだ。例外はない」

「残るは聖皇国へ遊学に出ている第三王女ですが……」

「シャマルなら問題なく片付けるだろうよ」

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